カヤバシステムマシナリー株式会社
安田雄一さん(仮名・電気設計) 28歳
地元ならではの暮らしを満喫できる喜びを実感。転職を即決してよかった。
三重県出身の安田さんは新卒で大手装備品メーカーに入社。勤務地は京都府内だったが、三重県内にも事業所があった。いずれ実家に帰ろうと考えていた安田さんの中で、それは入社動機の大きな部分を占めていた。
しかし入社2年目、組織変更による転勤でUターンが叶わなくなる。そこからの安田さんの動きは早かった。「お世話になった会社に迷惑をかけないためにも、辞めるなら早い方がいい」と転職活動を開始。三重県に絞って仕事を探し、実家に近い総合機械メーカーに転職を果たした。
※本記事の内容は、2012年2月取材時点の情報に基づき構成しています。
- 過去の
転職回数 - 1回
- 活動期間
- エントリーから内定まで185日間
転職前
- 業種
- 防衛装備品メーカー
- 職種
- 機械設計
- 業務内容
- 防衛装備品の機械設計担当。工事用の図面作成や外注メーカーとの打ち合わせなど。
転職後
- 業種
- 総合機械メーカー
- 職種
- 電気設計
- 業務内容
- 電気・制御系の設計業務。仕様書の作成や、外注メーカーとの交渉・管理。
故郷に帰るための転職。将来を見据えて、潔く決断。
現在のお仕事はどんな内容ですか?
当社は機械・電気・油圧技術をコアとする総合機械メーカーで、6つの事業分野を持っています。私は防衛装備製品を開発・設計する装備事業部門に所属し、電気・制御系の設計業務に携わっています。また、仕様書の作成や、外注メーカーとの交渉、管理も担当しています。
入社前のご経歴を教えてください。
大学院博士前期課程を修了後、防衛装備品メーカーに就職。機械設計担当として京都府内の事業所に勤務し、工事用の図面作成や外注メーカーとの打ち合わせなどに4年間従事しました。
転職のきっかけは?
地元である三重に事業所があることが、最初の会社を選んだ理由の一つでした。いずれは実家のある三重に帰りたいという思いがあったからです。
ところが入社2年目に、私が所属していた部門が、子会社の管轄に移ることになり転籍。転籍した会社は、三重に事業所がありませんでした。
知識や技術を身につけさせてもらった会社に感謝の気持ちもあり、辞めるのは申し訳ないという思いもありました。しかし、いずれ三重に帰るならやはり早い方が良いと思い、26歳の時に転職を決意しました。
転職活動はどのように進めましたか?
三重県内に転職したい企業がなかったらどうしよう、という不安はありましたが、まずは大手転職サイトにエントリーしました。そこで、声をかけてくれたのがリージョナルキャリア三重でした。
帰省した際に、三重大学構内にあるリージョナルキャリア三重の事務所に出向き、面談を経て現在の会社を紹介してもらいました。
前職はそれなりに忙しい職場でしたから、自分ひとりで転職活動を進めることは難しかったと思います。コンサルタントにサポートしてもらったのは正解でした。
今の会社に決めたポイントは?
実家に近かったというのが一番のポイントです。そもそもの転職の目的がそこにあり、自分の中での優先順位ははっきりしていましたから。
その他、事業分野が幅広く、技術的な広がりという点でも面白そうだなと思いました。
「家を守る」という責任感を持ちながら、自由も謳歌できるのは、地元暮らしならでは。
転職していかがですか?
前職と比べると時間の余裕ができました。以前は21頃までの残業も普通でしたが、今は19時前には退社しています。土日もきちんと休めるので、趣味に割く時間ができました。
また、両親の近くにいることで、私自身も安心できるようになりました。ただ、両親もまだまだ元気なので、今は実家の近くに部屋を借りて一人暮らしをしています。しばらくは自由を謳歌しようかなと思っています。
困っていることや課題はありますか?
困っていることは特にありません。課題としては、今携わっている仕事の分野について、早くスキルを上げていくことでしょうか。会社で技術講習も受けており、少しずつ自分の技術分野を広げていければと思っています。
転職を考えている人にアドバイスをお願いします。
転職の動機は人それぞれだと思います。私の場合は「家があるから帰る」ということが最優先でした。正直な話、給与面では若干下がったのですが、一番大切なことは決まっていましたから、こだわりはありませんでした。
転職する際の条件は、優先順位を明確にすることが大切だと思います。そして、妥協する点についても、どのような選択をすれば、より自分にとってプラスになるかを考えながら、前向きな姿勢で進んでいくことが大切ではないでしょうか。