リージョナルHERO

リージョナルキャリアで転職し、現在三重で活躍している方をご紹介します。

未経験の職種でUターンに成功。チャンスを掘り起こしてくれたエージェントに感謝!

大起産業株式会社 中村康一さん(仮名) 33歳

三重県は縦に長い県だ。中村康一さん(仮名)は、県内のIT企業に就職し、北部のいなべ市にある実家から通いながら働いていた。ところが結婚し、実家を継ぐことを決めた矢先に、本社への異動を命じられる。本社は県南部の津市にあり、家から電車で片道約2時間もかかる。残業すれば終電に間に合わず、奥さんに車で迎えに来てもらうこともしばしば。心苦しさと体力的な負担で、「仕事に力を100%出せない」もどかしさを感じていた。いったんは再び実家に近い勤務地へ異動になったが、いずれはまた本社に戻らねばならない。そして次に異動があれば、ずっと本社勤務が続くこともわかっていた。気がつけば自分も33歳。「今が決断のとき」と転職活動を始めたのだという。そんな中村さんに、アーリーバードが紹介したのは、意外な選択肢だった。いつも通っていたのに見過ごしていた会社と、総務という未経験の職種。それでも地元に帰るために挑戦を決意した中村さんに、その後のお話をうかがった。

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転職先の条件の優先順位は何か。私の場合は勤務地でした。

カヤバシステムマシナリー株式会社 安田雄一さん(仮名) 28歳

三重県出身の安田雄一さん(仮名)は新卒で大手装備品メーカーに入社。勤務地は京都府内だったが、三重県内にも事業所があった。いずれ実家に帰ろうと考えていた安田さんの中で、そのことは入社動機の大きな部分を占めていた。しかし、入社2年目に会社組織の変更があり転勤によるUターンが叶わなくなる。そこからの安田さんの動きは早かった。「お世話になった会社に迷惑をかけないためにも、辞めるなら早い方がいい」と転職活動を開始。三重県に絞って仕事を探し、実家に近い総合機械メーカーに転職を果たした。

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自社製品を手にすることのできるメーカーを希望。会社の期待度も高く意欲満々!

株式会社マスヤ 進藤貴志さん(仮名) 35歳

商学部に進学し卒業後は公認会計士を目指して2年間のトライ。夢を果たすことはできなかったが気持ちを入れ替えて大阪の会社に就職。ところがその会社が突然、工場のある熊本に本社を移転することに。急な決断を迫られた進藤さんが選んだ進路は出身地である三重県へのUターン転職だった。2度に渡る人生の転換点にも前向きに取り組み確かな手ごたえを感じているリージョナルHERO・進藤さんの転職ストーリーを紹介したい。「しっかりと腰を落ち着けて仕事に取り組み、そろそろお嫁さんも欲しいですね」と明るく語ってくれた。

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システムエンジニアこそ、自分の歩む道。そう決めて、1年に及ぶ転職活動を展開。

東洋電機株式会社 橋本 勇司さん(仮名) 44歳 

社会人となって以来、ずっと三重県で暮らしてきた橋本勇司さん(仮名)。システムエンジニアとしてキャリアを積んでいたものの、社内事情からシステム開発以外の業務に携わることが増えていた。このままでいいのか...自分が本当にやりたいことは何か、を改めて見つめ直し、やはり自分はエンジニアの道でこそやりがいを味わえるのだ、と実感。地元の三重県で、開発に携われる会社を探そうと考えた。求人件数自体がそれほど多くない三重県で望む仕事に就くため、橋本さんはアーリーバードエージェントのアドバイスを参考にしながら、粘り強い転職活動を展開。1年に及ぶ活動の後、地元密着型の歴史ある企業である東洋電機に出会う。エンジニアたる自分の能力が発揮できそうな仕事内容に加え、誰に対しても礼節を持って対応してくれる職場風土にひかれ、入社を決めた。今、橋本さんは、思う存分システムに携われる喜びを味わっている。

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地方への転職は、「減る」ものより、「増える」もののほうが多いと思う。

橋本電子工業株式会社 岩崎健治さん(仮名) 45歳

少し前まで、日本を代表する大手総合家電メーカーの技術者だった岩崎健治さん(仮名)。現在はふるさと・三重県にある100名ほどの社員が働く企業で、大手メーカーに提供する製品のソフトウェアを開発している。今回の転職で、働く会社の規模は数百分の1に、子どもが通う小学校も、全校児童80人の小さな学校となった。それでも、地方に来たからこそ増えたものも多いという。「会社が小さいので、いろいろな仕事を任されるようになりました。お客様の顔を見られるようになったのも、新たなやりがいですね。家の周りには自然がたくさんあり、子どももパワーアップした気がします」と目を細める岩崎さん。大手企業から地場企業へ、都会から地方へと、人生の舵を大きく切った岩崎さんに、その理由と現在の率直な感想を、うかがってみた。

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何のために働くのか?2度目の転職がその答えを教えてくれました。

トライス株式会社 城山和希さん(仮名) 28歳

城山和希さん(仮名)は、1度、転職に失敗したことがある。三重県で生まれ育ち、関東地方の大学へ進学。卒業後、東海地方のIT企業に就職し、SEとして活躍していた。しかし、長男である城山さんは、子どもができたことを機に、Uターンを決意。三重のIT企業への転職を果たした。ところが、わずか1ヵ月でその会社を退社。理由はさまざまだったが、「もとをたどれば、家族を大事にしたいという自分の要望を会社に伝えきれていなかったことにあった」と城山さんは言う。2度目の転職活動は難航したものの、「アーリーバード」との出会いにより、地場メーカーの社内SEという新たなステージを得た。現在は、社内システムの運用・保守に手腕を振るう一方、夕方の6時台にはほぼ帰宅し、家族との時間を満喫。「自分が何のために働くのか、本質がわかった気がします」と、城山さんは幸せをかみしめている。

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家族がいれば収入は大事。でも、それより大事なものもがあるんじゃない?

株式会社鈴工 小川 誠さん(仮名) 33歳

小川誠さん(仮名)は、大手電動工具メーカーから、出身地である三重県の地場メーカーへの転職を成功させたリージョナルヒーローだ。製造に関わる仕事に就きたくて、大手メーカーに入社。ところが任されたのは、海外向けの書類を作成するデスクワークだった。収入やポジションは安定していたものの、仕事は、毎日同じことの繰り返し。「やっぱり、モノ作りの現場で働きたい」。そんな思いとともに、もう一つ、離れて暮らす親への心配も年々膨らんでいた。そして、30歳でUターンを決意。当初、仕事探しは難航していたものの、友人でもあるコンサルタントに相談してみたところ、急転直下で転職先が決定。現在は、全国や海外の製造現場を飛び回りながら、休日には友人たちと地元のお祭りにも参加する充実した日々を送っている。「家族を持っていたら収入は大事。でも大事なのは、それだけじゃない」と、小川さんは実感を込めて語ってくれた。

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自分だからできる仕事を求めて、ふるさとのベンチャー企業へ。

株式会社医用工学研究所 佐藤 充さん(仮名) 37歳

40代が近づいてくると、人生もほぼ折り返し地点。それまでの歩みと、これからの道を考える時間が増えてくる。東京から三重への転職を決意した佐藤充(仮称)さんもそんな一人だった。20代はITコンサル、事業会社の経営戦略スタッフとして活躍。だが30歳を過ぎ、歳を重ねるたびに気になってきたのは、離れて暮らす両親のこと。「自分は長男。いつかは帰らないといけない。だが、それはいつなのか?」。迷っていた自分にきっかけを与えてくれたのは、「仕事」そのものだった。それまでは勤めていた事業会社の経営を安定させるために頑張ってきた。しかしその目標が達成されたとき、自分の存在理由に疑問を感じるようになったのだ。そして三重で出会ったのは、二十数名の若い会社。だがそこには、自分のこれまでのすべてのキャリアを活かせる舞台があった。

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多忙なだけの日々はもう卒業。これからは家族や自分の時間を大切にする人生へ。

株式会社グリーンズ 池上 遼一さん(仮名) 36歳

池上 遼一さん(仮名)は、三重県に本社を置くホテルチェーンへの転職を果たしたリージョナルヒーローだ。かつては東京で証券マンと活躍していた頃もあった。その後は、名古屋市内にある商品取引所や、東証一部上場の成長企業でも勤務。自宅のある三重から、名古屋、さらには東京へと、飛び回る毎日は刺激に満ちていたという。しかしいつまでもそんな多忙な日々を楽しんでいられるわけではない。35歳を過ぎ、徐々に体に無理がきかなくなってきた自分を自覚。「そろそろ、自宅の近くで働きたい」。そうして始めた新しい生活には、自分の経歴を活かせる職場と、家族とゆっくり向かい合う時間が待っていた。

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